星屑記

何気ないことを考えたり、語ったり。

キャラクターを生み出すことについて

私は物語を空想することが好きだ。

物語を考える時は、キャラクターから考えたり、展開から考えたり、ワンシーンから考えたりと千差万別である。

で、だ。

私は発想だとか、妖怪を登場させることだとかに自分の創作の特徴があると思っている。

しかし魅力的なキャラクターがイマイチ作れない、という悩みがある。

そこで、キャラクターは「作り出す」ものではなく、「生み出す」ものだと考えた。

「キャラクターを生み出す」とはどういうことか、私の考えをお話しよう。

なぜ設定をまとめるのか?

一言でいえば、「ぶれない人物像を固める」ためだ。

私はキャラクターを考える時、結構詳細なプロフィールまで考える。

名前、身長体重、外見、好きなこと、嫌いなこと、家族……などなど。

最近は、友人が作ってくれた「キャラクター身上調査書」という、より細かいプロフィールを考えることも多い。

好きな言葉や嫌いな言葉、将来の夢、コンプレックスなど、実際に作品には反映されづらい項目まで設定されている。

埋めるのが非常に大変なのだが、これがミソだ。

好きなものや嫌いなものは、キャラクターの価値観そのものである。

過去のどんな出来事がキャラクターの価値観を作り出したのか?

その価値観を持っているキャラクターは物語の中でどう行動するのか?

「ぶれない人物像を固める」と、いわゆるキャラクターが勝手に動く状態になるのである。

なぜぶれない人物像を固めるのか?

人物像を固めれば、キャラクターが動くことはわかった。

キャラクターがある出来事に直面した時、どう受け止めて何を考えどう行動するのか。

価値観という根拠を持って、動かす、あるいは動いてもらうことができる。

しかし気を付けたいのは、人物像を「考える」ことと「固める」ことは違うということだ。

例えば。

人物像として「クールで素っ気ない」と考えた。

一方では、「クールで素っ気ないが、実は胸の内は熱い」と固めた。

物語の中で、上記のキャラクターが熱血キャラクターと手を取り合っていたらどう思うだろう?

「クールで素っ気ない」だけだと、「あれ、クールは? 素っ気なくないよ?」と思わせ、矛盾を感じさせてしまう。

しかし「実は胸の内が熱い」とすると、「熱い胸の内を明らかにしたんだな」と思わせることができる。

つまり、キャラクターの思考や行動に矛盾を生まないため、人物像を「固める」のである。

キャラクターに矛盾が生まれると、当然動かしにくくなり、物語も思うように展開しなくなる。

ぶれない人物像というのは、物語にさす潤滑油のようなものだといえよう。

まとめ

はじめに、キャラクターは「作り出す」ものではなく、「生み出す」ものだと言った。

キャラクターの現在につながる過去を考えるということは、一生を考えることと同じ。

つまり、一人の存在をこの世に「生み出している」とは考えられないだろうか?

自分の創作キャラクターを「うちの子」と呼ぶ人も増えてきた。

今からキャラクターを生み出す場合は、ぶれない人物像を固めるため、詳細なプロフィールを設定すればいいだろう。

しかしすでにいる「うちの子」の場合は、「面談」をして、キャラクター本人から過去や価値観を聞いてみるのも、人物像を固める一環になると思う。

魅力的なキャラクターを生み出して、物語を創り上げていきたいものである。

朝の星月夜

以前、私はほとんど毎日早起きしているという記事を書いた。

ayamestar.hatenablog.jp

朝方は一日の中でもっとも冷え込む時間といわれる。

そして冬になると、日の出がとても遅くなり、六時でも外は真っ暗だ。

「こんな時間から活動しなきゃいけないなんて!」と思うのだが、時々、いいこともある。

朝の五時頃に家を出ると、月や星がとてもよく見えることがあるのだ。

夜に見上げるよりもきれいに感じられて、冬の中で唯一好きなところだ。

今日は、小さな楽しみを見つけることが大切だということを2つの疑問からお話しよう。

なぜ朝の方がきれいに見えるのか?

一般的に、冬場は星がきれいに見えると言われる。

冬の季節風が強く吹くため、空気が乾燥するからだとか。

いつもより少し遅い時間に帰宅すると、星がよく見えると感じることがある。

市街地から少し離れたところに住んでいて、明かりが少ないことも理由の一つだろう。

では、なぜ朝の方が月や星がきれいに見えるのか?

先述した通り、「明かりが少ない」と空がよく見える。

だからこそ都会から離れたり、真夜中に見たりする。

ここで考えてもらいたいのは、夜中の十二時と朝の五時では、どちらの方が明かりが多いか?

二十四時間経営しているコンビニやカラオケ店などもあるが、一般の住宅や車通りはどうだろう?

夜中の十二時まで起きていることは、みなさんしばしばあるだろう。

当然、部屋の電気はつけている。

しかし朝の五時に起きている人が、どれだけいるだろうか?

仕事や課題が切羽詰まって徹夜しているか、用事があって早起きしている人くらいだろう。

車通りも同様である。

夜中の十二時頃は、意外と車通りがある。

夜中から明け方にかけては、新聞配達や運送トラックを見るくらいである。

……もうお分かりいただけるだろうか。

夜よりも、朝の方が明かりが少ないのだ。

したがって、朝の方が月や星がきれいに見えるのである。

なぜ小さな楽しみを見つけるのか?

端的に言おう。

憂鬱なことばかり目を向けていたらもったいないからである。

何より、小さな楽しみでも見つけないと参ってしまう。

――仕事が忙しかったけれど、先輩がコーヒーをおごってくれただとか。

――課題が忙しかったけれど、創作のネタになりそうな話を見つけただとか。

偉そうになってしまうが、「自分の人生」なのだ。

好きなものにお金を払いたい、有意義に過ごしたい。

大いに結構なことである。

何かしらプラスしてくれるものを積み上げていく人生にしたいと思わないだろうか?

「前向きに考える」というのは、何事も「何とかなるさ」と受け止めることではない。

上手くいかないことを受け止め、その上で「でもここは良かった」という点を見つけることである。

そのためにも、小さな幸せを見つけていくことが大切だと、私は思っている。

……で。

私にとって面倒な早起きの中にある小さな幸せというのが、朝に見る星月夜なのである。

きれいなものだが、見過ぎるとちょっぴり虚しい気分になることもある(笑)

宝塚歌劇『春の雪』と明日海りお

実は私は、宝塚歌劇が大好きだ

ハマったのはここ数年でなのだが、友人に誘われて観たDVDですっかり虜になった。

なかでも大好きなのは、現花組トップスター・明日海(あすみ)りお

みりお(愛称)が以前、月組に所属していた時の公演『春の雪』のDVDを見た。

『春の雪』 [DVD]

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 (三島由紀夫豊饒の海』の第一作だが、未読のため原作と脚本がどれくらい違うのかはわからない)

演じたのは、主人公・松枝清顕(まつがえきよあき)。

侯爵家の嫡男で、とても誇り高く、同時に傲慢な青年だ。

「みりおのハマり役」とも言われた清顕。

なぜハマり役と言われるのか、感想と布教を交えつつお話ししようと思う。

なぜ歌って踊るのか?

そもそも、なぜ宝塚は歌劇――すなわち、歌って踊るのだろうか?

私の考えとしては、「夢の世界に浸るため」だと思う。

美しい女性が男役と娘役にわかれ、激しい恋や悲しく秘めやかな恋、あるいは渦巻く陰謀などを表現することは、一種のファンタジーである。

様々な形で表現される愛に、キャラクターへの想像をかきたてられこそすれ、タカラジェンヌ(役者)への想像は及びもしない。

明るく華やかで、美しい夢の世界。

公演の最後には、どんなに悲しい物語の後でも、賑やかな歌とダンスが披露される。

これも夢の世界を最後まで保ち、お客さんに楽しい気分で帰ってもらうためだ。

なぜ心情を歌うのか?

では、夢の世界を作るために、どこでもなんでも歌って踊るのだろうか?

もちろん、否である。

開演早々、ジェンヌ全員で踊ることが多いのだが、それを除けば多くはキャラクターの心情を表現する場面で歌い、踊っている。

なぜ心情を歌うかといえば、観客に印象付け、夢の世界をより盛り立てるためである。

キャラクターの心情に共感させることで、物語の起伏をより感じやすくなる。

『春の雪』では、清顕は二歳年上の綾倉聡子(あやくらさとこ)に思いを寄せている。

しかし高い矜持が彼女への思いを明らかにすることをためらわせ、傲慢な態度や冷たい態度を取らせてしまう。

清顕が聡子への恋心を歌うと、観客は思いの大きさを知ることができる。

それでいて実際の清顕は、聡子になど興味がない風に振る舞っていて、思いが空回りし、すれ違っている切なさを感じさせる。

つまり、キャラクターを掘り下げ、物語に深みを与えるために心情が歌われるのである。

なぜ「ハマり役」なのか?

では、なぜ清顕はみりおのハマり役と言われるのか?

それは、清顕の心情を歌うのがみりおだからである。

みりおは、とりわけ歌が上手いジェンヌだ。

落ち着いて聞きやすい高さ、伸びやかな広がり、こめられた感情。

私はみりおの歌が大好きだからファンだと言っても過言ではない。

もちろん他に好きな点もあるが、特筆すべきは「歌」である。

矜持の高さゆえ、なかなか素直に心情を吐露できない清顕。

その秘めた思いを表現する時、若々しくも気持ちの溢れる歌声は「これでもか」と言わんばかりに、思いを突き付けてくる。

みりおは、プライドが高いキャラクターを演じることが非常に得意なのだ。

現在上演中の『金色(こんじき)の砂漠』花組に組替えした時の『エリザベート』でも類似するキャラクターを演じていた。

つまり、キャラクターの心情を歌によって最大限表現できるがゆえに、清顕が「ハマり役」だったと言われるのである。

まとめ

「宝塚の名前は聞いたことあるけど、よくわからない」

そういう人が多いのではないかと思う。

女性だけってどうなの? 舞台だから高いんじゃないの?

そんな疑問もあるだろう。

女性ならではの繊細な表現や、艶っぽさもある。

チケットも、他の舞台に比べればかなり手が届きやすい。

戦国BASARA』や『ルパン三世』、一番最近では『るろうに剣心』などアニメ・ゲームを原作とする公演も行っており、親しみ深い。

劇場も、宝塚だけではなく東京にもある。

……いかがだろう? 意外と行けるじゃん、と思わないだろうか?

一度でいいから、ね、ちょっと、宝塚観に行こう。

 

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『メンタルが強い人がやめた13の習慣』を読む

 『メンタルが強い人がやめた13の習慣』という本を読んだ。

メンタルが強い人がやめた13の習慣

メンタルが強い人がやめた13の習慣

 

 その日私は、とても落ち込んでいた。

少しきつく言われると、すぐに泣いてしまうのだ。

その点を「泣いてる時間がもったいない。前に進め!」と指摘された。

もっともだと思うし、自分でも泣き癖を克服しなければならないと感じている。

何かいい本はないだろうか、と店内を見ていた時、本書に出会った。

今日はやめるべき習慣をいくつか取り上げ、本書を紹介したい。 

やめるべき13の習慣

心理療法士の筆者が、母や夫の相次ぐ死から立ち直るために、自身と向き合い書き出したのが「メンタルが強い人がやめた13の習慣」である。

  1. 自分を哀れむ習慣
  2. 自分の力を手放す習慣
  3. 現状維持の習慣
  4. どうにもならないことで悩む習慣
  5. みんなにいい顔をする習慣
  6. リスクを取らない習慣
  7. 過去を引きずる習慣
  8. 同じ過ちを繰り返す主幹
  9. 人の成功に嫉妬する習慣
  10. 一度の失敗でくじける習慣
  11. 孤独を恐れる習慣
  12. 自分は特別だと思う習慣
  13. すぐに結果を求める習慣

それぞれ筆者を訪ねた患者の話とともに、なぜいけないのか? どんな考え方があてはまるのかが書かれている。

中でも私がピンと来たのは、「みんなにいい顔をする習慣」「一度の失敗でくじける習慣」だ。

それぞれ自分にあてはまる考え方を抜粋した。

□反対意見を口にするより、周りに合わせるほうが楽だ。

□何かを頼まれると、やりたくなくても引き受けてしまいがちだ。

□周りの誰かがいらいらしていたら責任を感じて、相手の気分がよくなるよう努力する。

 (05「みんなにいい顔をする習慣」をやめる)

□周りから「失敗した」と思われないか心配だ。

□失敗すると、言い訳してしまう。

 (10「一度の失敗でくじける習慣)をやめる)

 13の項目は簡潔に言ったものであり、実際には抜粋したようにいくつもの考え方が列せられている。

ほとんど当てはまらない項目もあれば、かなり頷いてしまう項目もある。

「みんなにいい顔をする習慣」をやめるためには、自分の価値観を明らかにし、やりたくないことにはきっぱり「ノー」と答えることが必要とされる。

「一度の失敗でくじける習慣」をやめるためには、失敗を恐ろしいものと思わず、学べるチャンスだととらえることが必要とされる。

周りにいい顔をして自分の意見をはっきり言えなかったこと。

指摘されると失敗だととらえ、もう駄目だと思ってしまったこと。

この二点が、私がすぐに泣いてしまう主な理由ではないか、と考えることができた。

私はどうやら、人間関係でも失敗することを恐れている。

まずは「失敗を恐れない」ようにコントロールすることが重要のようだ。

なぜコントロールするのか?

メンタルを強くするためには、自分をコントロールしなくてはならない。

つまり、自分の「思考・行動・感情」と向き合うことだと筆者は述べている。

  1. 思考――根拠のない思い込みを特定し、より現実的な思考に置き換える。
  2. 行動――どんな状況でも、前向きな行動を取る。
  3. 感情――感情に支配されないよう、自分が感情の手綱を握る。

 (00「メンタルの力」とは?)

そしてメンタルを強くする3つのメリットをあげている。

  1. ストレスに強くなる。
  2. 人生への満足度が高まる。
  3. 業績が上がる。

 (00「メンタルの力」とは?)

自分をコントロールし、メンタルを強くすることで、自分はもちろん家族や会社へも還元することができる。

自分の人生を送り、その人生を幸せなものにするためということだ。

最後に、本書を購入する決意を固めてくれた一文を贈ろうと思う。

 これは、成長し、向上し、きのうの自分よりほんの少しよくなりたいと努力している、あなたのための本なのだ。

 (00「メンタルの力」とは?)

メンタルが強い人がやめた13の習慣

メンタルが強い人がやめた13の習慣

 

 

「灯台下暗し」はもったいない!

昨日に引き続き花の話をひとつ。

昨日、初めて近所の花屋へ出かけた。

友人の誕生日へのささやかなプレゼントを買うためである。

別の花屋へ寄ろうと思っていたのだが、うっかり忘れていて帰宅してしまった。

出かけるのは面倒だが、花はぜひとも贈りたい。

そこでふと、「そういえばあそこに花屋があったな」と思い出したのである。

祝日のため営業しているか少し不安だったが、お店はしっかり開いていた。

包んでもらいながら、お花の話を聞いたり、栄養剤をもらったり。

ワークショップの告知を聞きながら店を後にした。

小さな花束を抱えて帰宅した私は思った。

「なんて素敵な花屋だろう。今まで知らなかったことがもったいない!」

灯台下暗しとはまさにこのこと。

そこで今日は、身近なお店を知ることは素敵だというお話をしよう。

なぜ身近なお店なのか?

今回は身近なお店を、近所のお店と限定しよう。

なぜ近所のお店を知るかと言えば、意外と知らないからである。

例えば私は、移動手段が原付だ。

近所にスーパーはあるが、原付では行きにくい。

そうなると家から多少遠くとも、原付で行きやすいスーパーを利用することになる。

人は結構、「近いからいつでも行けるでしょ」と考えがちだ。

……本当に「いつでも」行けるのだろうか?

気が付けば閉店しているかもしれない。

自分が何らかの理由で引っ越さなければならないかもしれない。

近くとも遠くとも、機会は「今」しかない、と思うことが大切だ。

だからこそ、目を向けにくい近所のお店を知るべきなのである。

なぜお店を知るべきなのか?

一つには、便利に暮らすためである。

花屋であれば、同じ料金でもきれいに花を包んでくれるところの方が嬉しい。

そのためには複数の店舗を利用し、比較しなければならない。

とてもきれいに包んでくれるが遠いお店と、そこそこきれいに包んでくれる近いお店。

近いお店も知らなければ比較できず、遠いお店を利用するしかない。

自分にとって何が便利なのか?

その基準で比較するにあたり、比較対象が多いことに越したことはないのである。

もう一つには、人と出会うためである。

新しい店に行けば、当然新しい人と出会う。

出会いは何らかの知見をもたらしてくれる。

例えば私は、花屋でバラの品種について、ひとつ知ることができた。

出会いによる新たな知識や考え方が自分を作っていくことは、素敵だと思わないだろうか?

「知っている」ことは「知らない」ことより、より多くの要素で自分を作ることができるのである。

まとめ

「知らない」ことより、「知っている」ことの方が素敵である。

そして近所の「知らない」ことは、すぐに「知っている」ことに変えることができる。

灯台下は暗くなりやすいが、明るくできないわけでもない。

同じ人生を生きるのなら、明るく素敵な人生を送りたいものである。